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雲ひとつない快晴を引っ張りながら橙色に変化していく空にすら、心を揺さぶられることはない。
車内の空気は重たいまま。
少なくとも、私はそう感じている。
まさか、阿部さんのことを視界に入れたくないと思う日が来るとは。
助手席から窓の外を見ていても、彼の気配に敏感になった後頭部の辺りが妙にサワサワしていた。
阿部さんが感情を露骨に表に出したのはその一度きりで、そこからは何事もなかったように運転を続けているものだから、もしかしたらさっきは悪い夢でも見てたんじゃないかと思いそうになる。
移動中、気になったものがあれば「Aさん見てアレ。美味しそうなお店」といつものように、些細なことでも話を振ってくれるんじゃないかと、彼からのきっかけを期待したいのに。
でも、だとしたら、今こうして彼に気付かれないように体も表情もこわばらせたまま、肺のうわずみだけで息をするように浅く呼吸を繰り返している自分はなんなんだ…ということになる訳で。
たまらず手繰り寄せた阿部さんのコート。
皺になるくらい強く握る手を緩めれば、彼への動揺が小刻みに指先を震わせる。
私の頭のなかは、阿部さんで埋め尽くされている。
残念ながらこの場合、あまり良い意味ではないけれど。
しばらくすると呼吸も戻り、指先の震えもおさまってきた。
それから彼の一連の行動を、冷静に分析して咀嚼出来る余裕だって生まれた。
きっと、阿部さんは阿部さん、そして私は私で今回の件に関してそれぞれに思うことがあり、まだお互いが持っているカードをきちんと提示しきれていない。
だから悶々としているのだ。
私はそう結論付ける。
そうじゃなきゃ、このままだと消化不良を起こしそうだったから。
仮に阿部さんがイライラを抱えているとすれば、私が抱えているのは、うまく言語化できないモヤモヤとした感情だ。
誰に対するものなのか、何に対するものなのか、恐怖なのか、怒りなのか、別の何かなのか…何一つ分からないうちに、時間が経てば経つほど大きくなってきている気がする。
ちなみに比較的謝り癖のある私が、阿部さんの謎の苛立ちに謝罪の言葉を口にしていないのは、その場を収めるための軽率で安易な謝罪は、彼にとって逆効果だと知っているから。
阿部さんの怒っている原因を理解した上で正確に取り除かなければ、彼はずっとこのままの態度で接してくる。
そこまでは分かるのに、その肝心の原因がさっぱりなので、今現在詰んでいるワケだ。
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作者名:泥濘 | 作成日時:2024年4月16日 12時