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少し前まで騒然としていた場所は、ドラマでしか見たことがない黄色と黒の縞模様の規制線が張られ、一見すると物々しい雰囲気に包まれている。
特に人払いをしている様子はないのに、やけにひっそりとしているのは、この場所が生放送のような特別な催しがない限りは一般の人が立ち入れない場所になっているからだ。
あんなことになりながら、変な野次馬が沸かなかったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
私がぶつかった衝撃で四方に飛び散り、台車とともに床に転がっていた撮影機材はすでに撤去されていた。
そのせいか区切られた空間がやけに広く感じる。
「ではAさん、お入りください」
警察官に声を掛けられ、ぐっと持ち上げられた規制線を潜って内側に入った。
「あなたが襲われて倒れたのはこの場所ですか?」
「……はい」
今は何もない場所。
だけど一箇所、大きく印をつけたような跡がある。
私が倒れていた部分のコンクリートを侵食するように広がる赤黒いシミ──流血の跡だった。
縦横で直径三十センチほどもあるそれは異様に目立ち、運ばれるときにも腕から垂れたのか、ポタポタと漫画のように落下した血痕も点々と確認できる。
ここだけ見ると、殺人事件が起こったと言われても信じてしまいそうな状況だった。
ぶり返しそうになった恐怖を払いのけるように首を振る。
怖がることはない。
怪我はしたが、逆に言えば、これだけの被害でその程度で済んだのだ。
まさかこんなに出血してたとは…
そう感心する私の両隣では、初めてこの状況を目の当たりにした阿部さんと田ノ上さんが分かりやすく動揺し、なんなら、私以上に狼狽えていた。
楽屋を出た時から私の横に並び、ずっと背中のあたりに手を添えて支えてくれている阿部さんがわずかに唇を喰むのが見えた。
ふぅ、と小さく息を吐くと、私を心配するように背中を数回さすられる。
たまらず、彼にだけ聞こえる声の大きさで
「見た目ほど痛くなかったよ」
こっそりとそう伝えると、すかさず、
「嘘でしょ」
と呆れたように言われてしまった。
うん、まあ嘘なんだけど。
余計なことは言うものじゃないな。
誤魔化して笑って見せると阿部さんはため息を吐き出し、さっきよりも切ない顔になってしまった。
いつの間にか阿部さんは、優しくて、穏やかで、心配性ないつもの彼に戻っていた。
何かに苛立つ様子もなければ、氷のような冷たさも感じない。
本当に、普段のぽやぽやした阿部さんだった。
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作者名:泥濘 | 作成日時:2024年4月16日 12時